2012年4月24日火曜日

SAPの標準原価リリースにおける日付等の制約

SAPの標準原価リリースにおける日付制約について調査したので結果を記録しておく。

1) ユーザローカル日付あるいはシステム日付のいずれかがリリース期間に入っている必要あり
ユーザローカル日付<リリース期間初日
かつ
システム日付<リリース期間初日
⇒Release too early

2) システム日付はリリース期間より未来になってはいけない
システム日付>リリース期間末日
⇒Release too late

3) MM現会計期間はリリース期間と同一でなければならない
MM現会計期間<>リリース期間
⇒period closing has not yet taken place

* リリース期間:標準原価をリリースしようとしている期間

仮に3月末移行在庫のための標準原価をリリースするのであれば、
3月中に原価積上のマークまで終わらせておき、
MM現会計期間が3月の間、かつ、システム日付あるいはユーザ日付が4月に変わるまでにリリースする必要がある。

4月からの新標準原価をリリースする場合、
MM現会計期間を4月にした後、システム日付あるいはユーザのローカル日付が4月になった後でリリースする必要がある。

仮に後追いで標準原価をリリースする場合には、MM現会計期間を翌月にする前、かつ、システム日付が翌月になる前にリリースする必要がある。

以上。

2012年4月13日金曜日

お金に無頓着な日本人

2011年の金融広報中央委員会の調査を興味深く読みました。
http://www.shiruporuto.jp/finance/chosa/yoron2011fut/pdf/yoronf11.pdf
気になった部分について考察していきます。


標本のうち世帯主が65歳以上が30.7%、就業者なし世帯は14.7%。世帯主は高齢でも世帯で誰かしら働いているということになります。ちなみにこの調査では日本全体の3割を超える単身世帯が除かれています。


Ⅰ.金融資産の状況
1.金融資産の保有状況
金融資産をまったく持たない世帯が全体の28.6%だそうです。前年の22.3%から一気に増加しています。年収手取300万~500万世帯における伸びが顕著です。

世帯収入が1000万を超えていても金融資産なしの割合が約1割というのも不思議な感じがします。
金融資産を保有していない理由が明らかでないので詳細が知りたいところです。
金融資産の中央値も500万から420万に落ち込んでいるのも、残高の少ない層の増加の影響を受けているのでしょう。
前年に比べて金融資産が減った理由として株式・債券の評価額減少の割合が高くなっています。デフレが続いてますからね。


2.金融資産の保有目的
「病気・不時の災害への備え」「老後の生活資金」という分かりやすい理由になっています。ここで1.の図表3に立ち戻ると、世帯主年齢60歳以上の約半数は金融資産残高は「変わらない」「増えた」と回答しています。備えとして資産を蓄えるものの実際使われないケースが多そうです。そして、遺産動機については財産を使い切りたいという割合は18.8%になっています。日本人の平均寿命の高さを考えると相続される側も相続時点では高齢になっているでしょうから、お金がなかなか世の中に出てこないのも納得です。


3.金融資産目標残高
金融資産目標残高の中央値はずっと1000万で変わっておらず、現状の約2倍が目標となっているわけですが、この金額の妥当性はどうなんでしょう?


4.金融資産の選択
元本割れを起こす可能性があるが、収益性の高いと見込まれる金融商品の保有について、まったく思わないという回答が8割強でずっと推移しています。リスク許容度が低いという現状があるのかもしれませんが、資産運用という発想は育ってなさそうです。


Ⅲ.家計のバランス、生活設計等
3.老後の生活への心配、年金に対する考え方
図表23で老後の生活費の収入源として「金融資産の取り崩し」と回答したのが28.2%です。金融資産の保有目的として「老後の生活資金」と回答したのが65.3%だったのに。老後のために金融資産を保有するけれども取り崩すつもりはないということなのでしょうか。


5.生活設計
図表26の生活設計策定有無の回答が興味深いことになっています。10年前からほぼ割合が変化していないんですね。ということは、「現在は立てていないが今後立てるつもり」と回答してはみたものの、実際立てることはない、ということなのでしょう。結果、6割強の世帯が生活設計なしに暮らしているということになっています。


調査結果を読み終えて
生活設計がなくては計画的・戦略的に金融資産を積み増していくことはできないと感じました。
金融資産を保有する目的と実際の使い道が明確にリンクされていない、将来不安のために金融資産は保有していくものの、実際に使い切ることもなく相続されていく。金融資産といっても、リスク許容度が非常に低いので運用先も限られたものになってしまう。
この調査の目的の1つである、「金融知識を身につけることの大切さを広報する」という点は達成できていないと感じるとともに、お金に対してある意味無頓着な人が多いんだなぁと感じました。


2012年4月10日火曜日

マズローを法人に適用

マズローの欲求段階説を法人に適用することを考えてみました。
一般的にこの理論は個人消費者向けのマーケティングなどに使われているものと思います。
ではそれをB to Bの世界に適用するとどうなるのか?というのがこれを考えたきっかけです。

マズローの欲求段階説は日本語訳によって若干の表現の差はあるものの以下のようになっていて、それを法人に適用してみました。(自己が認められる関係の中で安心して生きる、と覚えていま

生存:法人として今時点で存在するために必要なこと。
安心:法人として継続的に存在するために必要なこと。
関係:Lv.4との境界が微妙なのでLv.4にまとめます。
承認:社会に受け入れられるために必要なこと。
自己実現:上記4段階をClearした上で、法人としての存在意義(ミッション)を満たすために必要なこと。

低次の次元の欲求というのは、根源的な欲求であるために、欲求としては強いものの満足度としてはそれほど高くない。たとえば生存でいうと、法的要件を満たしているとか、今日生産活動を行うために必要な材料があるとかいうことは、必要だからニーズはいっぱいあるものの、そのニーズを満たすことで得られる満足感は少ない。つまり価格が低ければそれにこしたことはないというデフレな競争につながるような内容である。

継続性を確保するとか、社会的にExcelent Companyだと認知されるといった高次の欲求に対してSolutionを提供していくのがB to Bビジネスの目指すところだと思う。同業他社と比較して高いパフォーマンスを出すために必要なSolutionの提供を行うことで単価の向上を達成できるのではないか。

自社の提供しているサービスがどのレベルにヒットする内容なのか? それを考えることでB to Bsサービスの力の入れどころというのが見えてくるのではないだろうか。

年収2000万と500万は違う

某雑誌でおなじみの年収500万と2000万の行動比較。
年収の差は役割、それに付随する仕事内容、そこから得られる人脈などの違いを反映しているものと思う。そう考えると、今現在の500万と2000万とを比較する意味合いってどのくらいあるのか?
結果を見ると分かるけれど、500万と2000万とでは比率の違いこそあれ、行動的に根本的違いというのは見出せない。500万では0%だけど2000万では一定人数が実行しているような行動はないので。2000万で60%の人が実践していることを500万の10%の人が実施しているとして、でも500万は500万なわけで。

こういった企画は2000万向けではなく、500万向けであると仮定すると、やるべきは2000万から見た500万なのではないかと思う。500万の中に将来の2000万がいるとすると、2000万から見た500万のここが違うといったことが有益なのではないか。2000万の人が500万時代にどういうことをやっていたのかということを示す方がよいのではないか。500万のときに2000万のコーチがいる人ってどのくらいいるんだろう?ほとんどいないのでは?

2000万の人はそれを取りに行く活動をした(のほほんと過ごしていて2000万になっているわけではない)と思うので、そういうところも表現できるといいんじゃないかと。

2012年4月3日火曜日

環境がものを言う

文庫版になった「銃・病原菌・鉄」を読んだ。
世界の支配体系が現在のような形になっているのは、人類誕生からの環境の違いが影響している。
ヨーロッパによる新世界の支配を可能にした要因は「銃・病原菌・鉄」と言われるが、
それらをヨーロッパ人が保有し、新大陸の人々が持たなかった要因、それは環境の違いによる。
ユーラシア大陸は他の大陸と比較して食糧生産をもとにした集団生活が営みやすかった。
(栽培可能な植物、家畜化可能な動物の存在)
食糧生産により生み出される余剰収穫が分業を可能にし、国家の形成を可能にした。
居住可能地域も広く、大陸内の移動も容易で、生み出された技術の伝播も速やかであった。


人種による能力の違いは要因になっていない。
新大陸の先住民族も旧大陸の技術・産物に触れるとそれらを自分たちの文化に取り入れ活用している。
しかし蓄積という点において、先にそれらを手にした旧大陸に分があると言えるだろう。


競争力の源泉となる要素に早い段階から触れられる環境にいるということが、
その後の展開に大きくものを言う。
これは15世紀に限った話ではなく、現代にも適用できる話であろう。

2012年4月2日月曜日

体系的に学ぶとは

体系的に学ぶ、とか、体系的に理解する、ってよく言うけれど、
具体的にどういうことか分からないので考えてみました。


まずは辞書的な定義から
体系的
[形動]系統的(順序立って統一がとれているさま。)。統一的。「―な研究」「―にまとめる」
体系が整っているさま。組織立っているさま。システマチック
体系
 個々別々の認識を一定の原理に従って論理的に組織した知識の全体。
 個々の部分が相互に連関して全体としてまとまった機能を果たす組織体。
原理
(1)事象やそれについての認識成り立たせる、根本となるしくみ。主として人間活動にあてはまる原則とは多少意味の違いがある。 
多数決の―」「相対性―」
(2)〔哲〕 世界現象根本原因根拠であるもの。本源アルケー
論理的
[形動]
 論理に関するさま。「―な問題について書かれた本」
 論理にかなっているさま。きちんと筋道を立てて考えるさま。「―に説明する」「―な頭脳の持ち主」
論理
(1)思考形式・法則。議論思考を進める道筋論法
(2)認識対象の間に存在する脈絡構造



個々バラバラじゃなくてまとまりが取れているっていうことのように理解しました。
教科書のように章建てしてあるような感じか。
教科書があるような内容であればそれを使って学んでいけばいいんだと思う。
そういうのがない場合は、自分で章建てをして個々の知識を全体との関連を意識しながら学んでいく必要があるんだと思う。
じゃあどうやって章建てすればいいのか?
Wikipediaを参考にしてみるというアイデアを思いついた。
たとえばダイエットであれば、

目次

  [非表示
といった形になっているとともに、痩せるために行う運動は「痩身」の項を参照すればいいことが分かります。
物事を学ぶためにいくつか書籍を読んでいくと思いますが、読んで学んだ内容をこうした分類に当てはめていくことで、体系的に理解したっていうことになるのではないかと思います。

2012年3月29日木曜日

知的生産を身近に

世の中の知的生産本の扱う事例が身近ではないと思った。
日常的にはテーマが所与のものである場合が多いように感じた。
要件は決まっていて、Howを問うケースが多いのかな。

XXの売り上げを伸ばすには?とYYの定義をどうすればよいか?の相違点は何か?
打ち手を考えているという点では同じだが、考える範囲(余地)が違う。
狭い範囲で考えるからこそより具体的な検討が必要になっている?

Interface Listをどのようにまとめたらよいか?
品目コードはどのように定義するとよいか?
ロット分割等々をどのように実現させるのがよいか?
滞留品判定を実現させるにはどのようにすればよいか?
直送モデルはどのように実装するのがよいか?

テーマをブレイクダウン
 それで何を実現させたいのか?So what
 やりたいこと(要件)の深堀が不十分?
 深堀していくためのFlame workは?

 Interface Listをどのようにまとめたらよいか?
  どのような場面でどんな使い方をするListなのか?5W1H観点

テーマの質?種類によって効率的な考え方があるのではないか?
定義系:何らかの目的のために使われるものの定義の仕方を問われる
手段系:何らかの要件を満たすための手段を問われる

今日はここまで。